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剣尾根R4

2012/05/04 1:27 に Taro Inomata が投稿   [ 2012/05/04 4:44 に更新しました ]

日程:2012年4月28日-30日
メンバー:菅原、猪股(記)、鈴木

4/27(金)、仕事を終えて23:55の新宿発の夜行バスで集合・出発。自分は夜行バスが弱いのでマスクやネックピロー、ipod等々を持参するが、やっぱりやられる。ほとんど寝付けずに4/28(土)6:00頃、富山に着く。
電鉄富山駅で着替えや不要品をコインロッカーに預け、6:44発上市行きへ乗車

7:00上市着。駅近くのコンビニ(ファミリーマート)で買い物をしタクシーで馬場島へ向かう。


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▲上市駅舎


7:40馬場島着。大型タクシーだったので¥8,300ほどかかる。馬場島に着くと太陽はさらに高く登り日差しも強ければ気温も高い。
予め県に提出して受理・返送されてきた登山計画書を馬場島警備派出所に持っていき、入山申請を行う。県警の人に話を聞くと、「池ノ谷がどうなっているかはわからない。最後に雪が降ったのは4/14で今は見ての通り山は真っ黒。池ノ谷は通れない可能性が高いので無理はしないでください」と言われ不安が募る。ちなみに今年のGWはR4に取り付くパーティが異様に多く、10パーティの入山申請があったらしい。
8:00馬場島出発、池ノ谷方面の白萩川沿いの林道を歩き、橋を渡って対岸へ。

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▲ここから雪道


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▲白萩川沿いを進む

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▲橋を渡って対岸へ


最初のポイントは取水口堰堤。雪が多く残っていると雪田となって左岸に渡れるらしいが、そうでなければ徒渉となる。今回は堰堤を超えた先に危なげなスノーブリッジが残っていた。出始めからドボンするのは萎えるので高巻こうとしたが、後続の2人パーティががひょいひょいとそれを渡ってしまったので、じゃあ我々もと忍び足で渡ることができた。

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▲取水口(奥の堰堤の先に今にも崩れそうなスノーブリッジがあった)


白萩川から池ノ谷出合までは雪田歩き、池ノ谷が右手に現れる。両岸狭まってすぐそれとわかる。今回は「よく雪が詰まっていていける」印象であった。ヘルメットをかぶって10:00池ノ谷に入る。足早1時間でゴルジュを脱出、一面に日光を受ける。二俣が見え出したあたりで疲れてきてスピードが落ちる。その時はバス疲れと寝不足、重量を言い訳にしてみたが、何のことはないただのトレーニング不足である。思えばここ1ヶ月フリー行ったり救助隊訓練やら岩講習などで、ほとんど体を鍛えるような山歩きをしていなかったのだ。一方鈴木さんは唐松岳行っていたり平日はスポーツジム行ったりして体力的に盤石な体制を築いていたようで疲れは表面化せず、また菅原さんは同じ寝不足かつチェコでは酒に溺れていたと言いながら特にいつもと変わらないペースで(なぜだ!)登り続けていた。

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▲池ノ谷ゴルジュ入り口

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▲ゴルジュ内。しっかりと雪が詰まっている。

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▲ゴルジュを通過しても側壁からの雪崩跡が生々しい

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▲振り返る。ゴルジュの上部には雪のブロックが残っている。


13:00池ノ谷二俣(劔尾根の末端)テン場に到着。5時間の道のりであった。二俣からは富山湾を眺める事ができ、日光に照らされる池ノ谷は開放的でダイナミックだ。
着いて間もなく無性に腹が減り完全にシャリバテ。行動食をむさぼりつつ初日を終えた祝いに菅原さんのビール(ロング×2、ショート×1)で乾杯。
水は劔尾根末端の岩からポタポタ程度垂れ落ちているのをコッヘルでためておく。


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▲テン場から池ノ谷を振り返る

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▲テン場全景

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▲水はテントの後ろの岩(劔尾根末端)から滴っている。ここの水は土臭かった。


夕食は菅原さんのチェコ土産のスープでリゾット、豚肉入りで満足満腹になった。夕食と言っても無風快晴、まだまだ日は高く眩しくまた暑く、とても寝れる環境ではなかった。となればこのロケーションを楽しみながら酒を飲むしかない。「夕刻になれば夕日に照らされる池ノ谷がまた格別!」と言う事で酒を飲みながらひたすら待つ。太陽さえどこかの尾根に隠れれば暑さも和らぐのだが、二俣での太陽は谷に向かってまっすぐ落ちていく。だからこそ富山湾にダイレクトに沈む太陽を眺める事ができるのかもしれないが、、暑い。


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▲ビールを空けてブランデータイム

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▲17:00頃

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▲17:00頃

17:00頃ともなるとさすがに寒くなってきたのでテントに入り寝支度を済まし、入り口全開で待機。
日の入り18:30頃まで我慢しようとしたが、あえなく落ちてしまった。(鈴木さんは最後までがんばったようで証拠写真を残したようである)


翌朝4/29(日)2:00起床。星空の微風、寒さはあまり感じない。昨日の夕食時にプロテイン(まずいバナナフレーバー)とビオフェルミンS(整腸剤)を飲み、夜もぐっすり寝られたので体調(主に腹の調子)はバッチリである。軽く朝食を済ませ、3:15出発、左俣に入る。
R4までは意外と長い。三ノ窓に突き上げてしまうんじゃないだろうかと思うくらいだ。

▲ギアは身につけず、出発

▲暗闇に浮かぶR10

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▲カメラの感度をあげて、お隣のR9

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▲三ノ窓


右壁を注意深く観察しながら登っていくと、写真で見ていた通りの特徴の岩壁が出てくる。R4だ。4:45。
・右にルンゼ。
・右上するテラス。
・テラスから先、1P目取付きからは更に右上する二本のクラックとその二本のクラックにくさび上に乗る三角の岩。
・岩壁中央にベルグラ(氷結状態によっては当てにならないが、今回はうまく目印となった。
・以上の特徴を正面から確認できる。

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▲正面からR4(もう少し上がると特徴が確認できる)


ギアを身につけ、メインザックはデポ。登攀開始する。

1P目 猪股リード
テラス末端のクラックに3つカムを決めビレイ点とする。末端から肩ほどの高さの段を越え、垂壁に上半身を押されるようなバンドを10mほどトラバースする。スタンスはミックスで、乗せられたり蹴り込んだりである。垂壁のホールドはそこそこありグローブで対応できた。ロックセクションでのプロテクションはバンドトラバース中にハーケン2本、途中カム1つを決め、概ね3m感覚でとれた。
アイスに切り替わり、5mほど右上し最後15m直上する。傾斜もさほど強くない快適なアイスだった。アイスセクションでは場所を選んで16cmのスクリューがアゴまで入った。傾斜が緩くなり雪混じりの斜面になると、5m程先の正面に垂直のグズグズアイルフォールが見える。1P目の終了点となるビレイ点はこの氷瀑の下だ。スクリュー3本でビレイ点とする。(今回、ロックとアイスのセクションがかなり明瞭に分かれていたのもコンディションが良かったポイントだ)
フォロー引き上げ中、2人組パーティに抜いてもらう。

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▲1P目取付き

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▲岩からベルグラへ(直前にハーケン)

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▲アイスセクション。ここまで来たら快適。


2P目 菅原リード
トポ通りグズグズアイスフォールを左から回り込むように巻く、その上に傾斜の強い2m程の滝。バーチカルの修行が足りない自分には、R4の全ピッチ中で核心を選べと言われたらこの2mかもしれない。

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▲左から回り込む

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▲回り込み中。正面に立った2mの氷。右下のびる氷がグズグズアイスフォールへ続いている。

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▲2P目の終了点はスクリューで。


3P目 猪股リード
バーチカルではないが結構立ったアイス。自分が快適を感じて登れるギリギリの斜度。快適とはいえそんな斜度だったもんだから2本目のスクリューを2mくらいで打とうとしたら「そんな間隔で打ったら無くなっちゃうよ」と菅原さん。確かに。まだ自信が持てる斜度なんだから残弾はとっておく。一旦傾斜が緩むと正面にまるで「2011年ペツルのアックスシリーズの紹介ムービー」に出てたみたいな、岩に張った薄氷が登場する。
基部でスクリュー3本でビレイ点とする。30m位か。
フォロー引き上げ中、なんだか下が騒がしくロープの出し入れを要求するので、どうしたかと思ったら鈴木さんのアイゼンが外れて大変だったらしい。下の菅原さんにセットしてもらい事無きを得る。アイゼンのフィッティングは大事です。

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▲不覚にも写真撮り忘れ!!対岸の景色なぞ撮ってた。日本離れした景色最高。


4P目 猪股リード
ペツルセクション。連チャンでおいしい所を頂く。叫び声が出そうな快適なアイスでスパスパ進む。プロテクションは左コーナーにいくつかのハーケンとカムで取る事ができた。60mほぼいっぱい延ばしてカム3本でビレイ点とする。
【この後、自分のビレイ点設置の甘さが大事故寸前の事態を引き起こす事となる】

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▲ペツルセクションから傾斜が緩くなり、軟氷の斜面。

5P目 菅原リード
ビレイ点から右に3m程アイスを登れば以降は雪壁になる。ここで猪股、ロープのマーキングを見誤りロープ残量のコールを間違えたので何事もなかったように15mコールを復唱するも当然ばれる。

そしてフォローの番が近づき(解除コール後、フォロービレイ前だったと思う)、ビレイ点にハンギング気味だった鈴木さんが姿勢を動かした時、「バババン!」という音とともに左側にいた鈴木さんが消えた。今何が起きたかは一瞬で頭を駆け巡り、あと1秒も満たないうちに同じビレイ点にセルフを取っている自分に何が起きるのか、本当に同時に頭を駆け抜けた。反射的にバックアップで刺していたアックスに倒れ込むように抱きつく。直後にすごい衝撃を感じたがアックスが10cmくらい氷を切って止まってくれた。右手と胸でアックスを抱きかかえ、一方の左手は意味はないのだが反射的に自分のセルフを握ってしまっていたので引きちぎれんばかりに張っていた。「立てる?立てるなら立って」と指示し左手が解放された。ダブルアックスをガッチリ決め、間もなくフォローとして登る。
この数分の出来事を知らない菅原さんに報告した所、「それは恐ろしい・・・」に続き「確かにふと見てカムが開き過ぎてた」と指摘された。

この件の直接的な原因はやはり「カムの決めが悪かった」事。ナチュプロに習熟しておらず「カムは100%握り込んでセットしてはいけない」というマニュアル的な一文が先行し、90%どころかカムが開き切っていた様な状態でセットしていたこと。プロテクションとして肝心要の「止める」目的を疎かにしていた事で、その道具がそもそもの何の目的の為に存在するのかをしっかりと認識した上で手に取らなければならなかったという事。   と、自戒の念を込めてここに記載します。
(間接的な原因は数々考えられると思います。例えば今回、三カ所のカムを流動分散で設置しましたが(NG?)、これが固定分散であったなら或はビレイステーションの崩壊は防げたかもしれません。ただ固定分散にしても習熟は必要ですし、人それぞれ異なるリスクの考え方で答えが変わると思うので、これは今後諸先輩方からのお叱りと意見を聞きながら考え判断していこうと思います。まず念頭に置くべきは直接的原因の方かと考えます)

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▲陽のあたる雪壁へ。ビレイ点は雪を掘って氷にスクリュー



6P目 菅原リード
左手の側壁目指して60mいっぱいの雪田・雪壁。終了も近い。

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▲ダガーポジションでサクサク登る。



7P目 菅原リード
続く雪田・雪壁かと思いきや、最後の最後で2mくらいのミックスの岩登りとなる。ここは越沢ムーブで楽しかった。
1、2手の草付きからハイマツ帯となりR4は終了。11:50。

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▲最後のミックス

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▲ハイマツ帯で終了



8P〜 コンテ
鈴木さん、猪股が先行して稜線へ上がり、稜線通しからハイマツの鞍部まで。ここでロープを片付け小休止。

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▲雪の斜面を稜線目指して登る

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▲稜線に突き上げ振り返る

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▲鞍部にてロープを片付け小休止


ハイマツの鞍部から岩峰を超えたらR2の鞍部、下降点だ。ハイマツ帯をあさるとそこかしこに残置のスリングを見つける事ができる。ロープいっぱいの懸垂一本でその後はロープ引きずりながらザクザクと降りる。R4取付きでロープの収納とデポしたメインザックを回収して下降を続ける。その折14:30頃、昨日同様強い日差しを浴びたR10対岸雪壁のシュルンドがメキメキと雷の如き音を立てて広がった。西暦2012年(平成24年)4月30日、当時27歳であった太郎ノ助により「家に帰るまでが遠足令【英名 home ni back made ga picnic】」が発布される。

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▲R2の鞍部。左のハイマツ帯に頭を突っ込めば残置のスリングを見つける事ができるだろう。

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▲R2を見上げる

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▲撤収撤収


14:50テン場到着。雪に埋めておいた残りのビールロング缶で完登祝いとする。この喉ごし、たまらん!相変わらず日光が暑かったので外で大宴会。つまみと酒(ビール以外のブランデー、焼酎)には事欠かず、菅原さんに至っては予備日用のブランデーまで背負ってきていた。寒くなってテントに入っても宴会は続き、ぐるぐる目が回ってきたので目を閉じたらそのまま寝てしまっていた。ハッと目覚ましをセットしていない事に気が付き時計を見たら21:00で安心する。目覚ましを4:00にセット。

4:00起床。昨晩の酒が残って少し頭が痛かったので頭痛薬を飲む。へべれけになって水の確保をあまりしなかったので雪からの水作りだった。ゆっくり朝食と身支度をして6:15出発。

トレース沿いを下っていくとそれは真新しいデブリの下に埋まっており、更に目の前で左岸の雪壁が大岩とともに雪崩れた。10分早く出発していれば下敷きだった。この事態に太郎ノ助は再び「家に帰るまでが遠足令【英名 home ni back made ga picnic】」を発布する。ゴルジュが心配になる。
ゴルジュ内はデブリと崩壊した壁のガレ岩が散乱しており、行き同様慎重に且つ足早にやりすごし、7:00池ノ谷出合着。テン場から1時間かからずに池ノ谷出合いまで来てしまった。

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▲雪渓の上のガレ場。前方でボーリングサイズの落石が2回あった。


ここまで来たらもはや安全圏だったが最後の関門、取水口のスノーブリッジ。こいつは見る影も無く消えており、上流・下流を行ったり来たりして飛び石を探したが見つける事ができず、堪忍してジャブジャブと川を渡る。

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▲ラストの徒渉


8:15 馬場島着。遠足は終わった。
タクシーを待ちつつ馬場島荘で乾杯、富山で菅原さんおすすめの富山ラーメン食べつつ乾杯、富山駅近くの銭湯に入り風呂上がりに乾杯、富山から越後湯沢までの特急列車にて自由席が満席につきデッキで乾杯、越後湯沢から上野までの新幹線にて乾杯、もっとやったかもしれないが以上、酒に溺れての帰郷となった。ジャブジャブ。


以上
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