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中御所谷西横川

2011/09/19 5:43 に suginami rouzan が投稿
中御所谷西横川
2011年8月6日(土)  後藤
8/2~5(金)地方出張、帰宅後数時間で出発、と落ち着かない週末を予定した。場所の選定は1日夜決め、2日早朝にHPポストに投稿した。当初は、沢と共に未踏の将棋頭山、三ノ沢岳を目的とした。5日帰宅後、ぎりぎりまで天気予報を睨んでいたが変わる訳なく、結局無難に沢日帰りとして慌ててパッキング。こうした余裕のなさが、何処かで墓穴を掘る。


●7:40しらび平~8:50・30m滝~10:15奥の二俣~12:00長谷部新道出合~13:00千畳敷
①しらび平バス停より車道を少し戻り、すぐにある橋を右側から降り、最初の堰堤は右から、次の堰堤は左から越え、西横川に入渓。じきに待望の小滝、ナメ滝が続くようになり、気持ちも高揚して来た。曇り空だが、昼頃には雨天の公算は高い。ゆっくりこの沢を味わいたいが、どうしても先を急ぐようになる。

②全体的に勾配のある沢なので、尾根歩き同様やや呼吸もせわしくなる。晴天ならば更に緑萌えるであろう木々は、さほど視界に捉えられない程十分開放的な明るい沢だ。小滝群も広く、あちこちから取り付けよう。早々に現れる30m滝は、水線の右側から5,6m登り、バンドをトラバース、左側の乾いた岩を行けば良い。以降4,5本10~20mクラスのナメ滝が出てくるが、いずれもフリーで問題なく行ける。ただ、岩はヌメっている箇所も多い。

③遡行図を見る以外休憩は省いた。その為かナメ滝群の後半部、10m、15mでは、段々疲れて来たのか、シャワー浴びるのがいい加減うんざりして来たのか、右岸のできるだけ乾いた箇所を登るが、踏み跡らしき捲き道に逃げていた。

④二俣が出てきたが、ガイドブックの遡行図には表示されておらず、やや困惑した。ほぼ1:1だが、どう見ても左俣が本流と思えた。核心と言われている30mナメ滝が出てくる筈で、左俣後方に滝が見えるのだが、30mはありそうにない。およそ2100m付近、コンパスでは、やや右俣が有力に見えたが、元々の設定も厳密ではないので、当てにならない。遡行図では確かに30m滝の前に左側より枝沢が入っているが、これが今見えている左俣だとしたら本流は右俣という事になってしまう。

⑤10分以上長考したが、様子見に右俣を進む。折しも雨もパラついて来た。小滝を超えると沢は細くなり、藪に消えていくような雰囲気だった。右側に枯れた広めの沢があり、多分並行していると思い、移る。その段階で、実は最後の30mナメ滝は実は一部巻いてしまった二俣手前の滝では、と勝手に思いこんでしまった。しかし、ガイドブックによれば、この滝は最後5m程がロープ必要とある。私は、捲きから滝に戻り、最後5m弱は楽に越えている。冷静に考えれば、30mナメ滝は通過していないのだが、余裕がなくなっていたのだろう。

⑥涸沢はすぐに終わり尾根への短い急登となった。踏み跡もないし、明らかに誤っているのだから、戻るべきなのだが、面倒になりそのまま藪漕ぎに入っていた。断続的に雨脚も強くなっていた。しかし、当然の事だが、低木のシラビソなどが繁茂し、行く手を遮る。トラバース気味に左に進む。沢音も聞こえ、沢に向かって下降、この沢は右俣と思われる。すぐに水は涸れ、源頭となる。更に左側に沢音が聞こえ、アザミの葉を気にしながら下降気味にトラバース、漸く本流に戻れた。随分大高巻きをしたものだ。ロスタイムは40分と言うところか。結果的には修正できた、せざる得なかったとは言え、単純ミスだった。

⑦核心の30mナメ滝は触れるどころか、見る事もできなかったのは残念。枯れ状のルンゼを登るとトラロープが見え、長谷部新道に到着。右上に14年前遭難したと言う男性の写真付きの遭難碑があるが、リアルと言うより違和感、不気味な感すらあった。

⑧千畳敷に向かってトラバースして行く長谷部新道は、とうの昔に廃道扱いとなっている。
所々藪に覆われているとは言え、かろうじて踏み跡が続いているのも西横川遡行者に負う部分も多かろう。ロープウェイのアナウンスが響き渡る。生憎霧に包まれ、展望は利かないが、一瞬の晴れ間に見える千畳敷のカール地形を見渡せる箇所は、十分廃道化された道の価値を高めてくれよう。

⑨雨混じりながら千畳敷は観光客がひっきりなしに歩いていた。バスとロープウェイで労せずして標高2600m地点に立て、カールの悠然さや宝剣岳の尖鋭さ、そして盛夏にあっては高山植物を愛でる事ができる。私自身、千畳敷には何度も訪れているが、実は単に通過するだけで、散策した事がない。今回、この機会にのんびり散歩しようと思ったが、観光客の多さと天気で気分は盛り上がらず、足早に人溢れるロープウェイ乗り場に向かった。

●反省~二俣におけるルートミス(④~⑥)
・帰宅後ネットを見ると、どのHPも奥ノ二俣を左俣に進むとあった。ネットに目を通したのは、出発の数十分前、しかも着目したのは、もっぱら滝を登攀して行く写真や記事ばかりだった。遡行図見てもあまりに単純だし、先ず迷ったり間違えたりのしようのない沢と楽観していた。奥ノ二俣の存在など、まるで頭になかった。

・参考書は、馴染みの会員も多いであろう「関東周辺沢登りベスト50コース」(2002年版)。二俣の標記はなく、左俣っぽいのは短い枝沢。見れば見るほど左俣が本流と思えるのに、遡行図に縛られ過ぎていた。沢である以上、地形も変わるだろうし、現場に於いて自分の目で確かめ、判断するという基本原則についての心がけが希薄だった。
・雷雨、豪雨などの天候の予想を抱え、焦っていたのは確かであった。しかし、かなり上流に達していて減水していたし、土砂崩れも考えづらいから、慌てる必要はなかった。
・気ままな単独行だと、計画も現場でもつい場当たり的な面が出てしまう。今回の山行も突発的だったし、初級の主にナメ滝登りを楽しめる沢で、千畳敷でエピローグを迎えられ、取り付きも下山路も殆ど歩く必要がなく楽、と軽く考えていた点が相変わらず甘かった。

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